2008年10月アーカイブ

初菊

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   月下美人の落花に沈んでいたら、小庭では今季最初の菊が開花。例年ならば、一番南側のものから咲き出し、順々に咲いて行くのに、今年はどうしたことか、一斉に咲こうとしているらしい様子がみてとれた。この白を初め、濃いめのピンクに薄めのピンク、赤茶のものと。種類の違うものは、いつもどおり、ゆっくりしていて。
   花は野にあるように。余程のことがない限り、小庭に咲く花を切ることはない。庭の花々を花瓶に挿して、室内に花を飾ることは一般的に行われることだけれど、なんとはなし、生あるものを何のいわれもなしに切るという行為が斬るに通じるような気がして、私は滅多にしない。花は野に在っての花が最も美しい姿だと思う。たとえ、光を求めるあまりに茎が曲がって育とうとも、そこに草が紛れ絡もうとも、枯れ葉がひとひらふたひら小枝にとまっていようとも、自然のまま、あるがままの姿が美しいと思う。花に逢い、和み、癒され、時に現実を知らされ、時期に咲く姿。季節は緩やかに確実に移ろい、こうして花を観ていると自ずと、人の心の移ろいも感じて。

初七日

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   17日早朝、唐突に老師逝去。83歳の御年にも関わらず、倒れる直前まで執筆活動を続けていらした。公私にわたり、お世話になった方だったので、喪失感が日増しに強くなって来ている。
   19日にご自宅に伺い、お線香をあげさせていただき、お顔を清めさせていただいた。その夜のお通夜、翌20日の告別式に参列。ご遺族のご好意により火葬の場にまで同行を許され、收骨までさせていただいた。
   古武士たらんとしたその潔い最期に未だ信じられない思い。まだまだ教えてほしいことがたくさんあった。まだまだお話を聞いていたかった。まだまだ....。今日、初七日を迎えた。

香る墓参

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kinmokusei200810111603001.jpg
  道を歩いているとどこからともなく漂う香りに、その在り処を尋ねさせてしまう金木犀。今年はその香りの時期がゆっくりだったので、こちらでは今が盛りとなっている。
   今日は亡父の命日だったので、雨上がりに墓参。肩を並べて歩いていると、確かな香りがあり、思わずその在り処を探して。あぁ、ここにあったと確認しては安堵して。これだけたくさんの金木犀に出逢えると、今度は白花の銀木犀にも逢いたいなどと浮気な心も騒ぎ出す。そんな思いを心の奥底に鎮めて、買い求めた花を手向け、静々と水をやり、粛々と合掌する。8月の母の命日、10月の父の命日。今年も無事に2つの命日を過ごし、残された者の務めを終えた。再び金木犀の香りに包まれて、帰路についた。

待つ

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gekkabijin200810088055.jpg
  気が遠くなりそうなほど、緩やかに緩やかな成長を観ている。このごろになってようやく莟らしい姿になってきて、遅咲きの花を期待させている。毎年、7月と9月にはその妖艶な姿と芳醇な芳香で魅せてくれていたのに、今夏はひとつも咲かないままに過ぎてしまっていた。9月も終わろうとしていた頃、小さな小さな予感を葉の端にみつけて以来、昼夜問わずに観ている。何度か莟の途中で落下した失望感を味わっているので、ある程度の大きさになるまで、その開花をみるまでは安心できなくて、気がかりになる。見つけたときには2,3ミリだった莟もようやく1.4センチになってきた。逢いたくて逢いたくてようやくその願いが叶うかもしれない、名残の花。待つことは試練にも似ている。みつめて見つめ尽くして、願って願い尽くして。先日、唐突に逝った名優の言葉に「人と契らば濃く契れ」とあった。人もそう。花もまたそのように。

落花

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Begonia200810078052.jpg
  静寂の中、微かな音を立てて、一房の花が落下した。閉め切った窓からは風の気配もなかったはずなのに、音のした方へ目をやると、この一房が落ちていて、意外なほど元あった場所が揺れていた。全体を揺らすほどの落花。そこに何がしかの影響を受けたかのような、静けさの中の変動。薄紙の上に置いて眺めてみれば、先の方はまだこれから開花しようとしているところだった。命の終わりを自らの重みで決めたのか。命の焰が燃え尽きるその前に、潔く散ったのだろうか。揺れの余韻は鎮まり、何事もなかったかのようにベゴニアはそこに在った。