おそらくこれが最後の一種類であろうと思われる濃い目の赤紫色の菊。朝晩どころか日中でも寒さを覚えるこの頃、ようやく開花の運びに。
海の向こう側では大統領選挙が行われ、歴史的勝利と謳われた47歳の上院議員が新大統領に決まって早1週間。海のこちら側では足元の漣が大波となって、その後対岸のことは報道すらされないらしい。
花の色に違いがあっても花は花。人の肌の色に違いがあっても人は人。黒人初のと敢えていうことがそもそも差別的な視点ではないのかと。
おそらくこれが最後の一種類であろうと思われる濃い目の赤紫色の菊。朝晩どころか日中でも寒さを覚えるこの頃、ようやく開花の運びに。
海の向こう側では大統領選挙が行われ、歴史的勝利と謳われた47歳の上院議員が新大統領に決まって早1週間。海のこちら側では足元の漣が大波となって、その後対岸のことは報道すらされないらしい。
花の色に違いがあっても花は花。人の肌の色に違いがあっても人は人。黒人初のと敢えていうことがそもそも差別的な視点ではないのかと。
桜梅桃李(おうばいとうり)という言葉があります。
桜は桜、梅は梅、桃は桃、李は李なのです。それぞれの美しさと個性を持っています。
今の差別は、所詮人間が勝手に作ったもの。国境だって、人間がつくったものです。
人間が作った差別に人間が苦しむという、人間の愚かさ。
この赤紫色の菊を見ると、そんな人間を眼下に置いた宇宙船からの地球を見ている画像を想像してしまうのは、飛躍しすぎでしょうか。
桜梅桃李。以前この言葉を先生に教えていただきました。
先生もチドリさんと同じことを仰っておりました。
自ら作り自ら嵌ることの愚かしさ。愚の骨頂。
人間には何かを作り出す素晴らしさがあるのと同時に、さまざまなものを無為に壊してしまう愚かしさをも含有していて。作り出すのには時間をかけるのに、一瞬で壊してしまう。差別とは人間の持つ卑しい欲の表出したもっとも恥ずかしむべき行為だと思います。桜は桜、梅は梅。それでいいのに。
自然の中に自生する赤紫の菊。花のひとつひとつは小宇宙であるという見地からすると、花は常に静かに消滅を繰り返しつつ、生の最中には人間の愚かしさを眺めているような気がします。そしてそんな花の生態も、人間の愚かしさは破壊しようとしていること、本当に空しくさえ思っています。