2009年9月アーカイブ

風雷神門

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kaminarimon200909268701.jpg たいした距離でもないのに行ったことがない場所がかなり多い。特段の用事でもなければ、自発的に外出することもないのが私の日常。

 いつだったか、「浅草に行ったことがない」との呟きを唐突に思い出されたのか、何の前触れもなく、本日連れて行かれた。観光客相手の商売に苦笑しつつもそれなりに愉しんで、たまには近場で観光めいたものをするのもよいのかもしれない。聞き知っていたはずのものも、やはり百聞は一見にしかず。大提灯はやはり大きかった。一個人の寄贈と思うと、天晴れな感。彼の人がご存命であったならば、今の日本や世界の財界をどうみていたのだろうか。大提灯の裏側に金文字で刻まれたお名前が光っていた。

正式名称は風雷神門とのこと。通称は雷門。風の神様に怒られはしないかと。あぁ、それで台風の時には畳まれるのかとひとりごと。

紫紺野牡丹

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nobotan200909238697.jpg しべのすべてが紫色の野牡丹は紫紺野牡丹。秋のお彼岸なので、実家へ行くと、庭には紫色の野牡丹がいくつも咲いていて、秋と言うにはいささか暑いくらいの陽射しの中に燃えているかのよう。世の中はシルバーウィークという名の連休中ではあるけれど、高速道路はあちらもこちらも大渋滞。CO2削減の数値を業界が悲鳴を上げるほどのものを掲げて、新しいひとは意気揚々と。初舞台にはそれくらいの気構えが相応しいのだろうけれど、牡丹どころか絵に描いた餅にならなぬように。

 実家の庭の野牡丹は世の中に吹く風を知らぬ振りして、光りを受け、風を受け、在るがままを受け入れている。花言葉は「平静」。

 

所用のため、お墓参りのあと、千葉へ。

方向音痴の出不精ではあるけれど、

仲間との語らい笑い合うのはいいもの。

赤彼岸

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higanbana200909168691.jpg 今か今かと待っていたところ、ようやく咲き始めた赤色の曼珠沙華。蕾の様子からあと少し時間がかかるのかと思っていたけれど、白色の盛りのうちに咲き始めてくれた。小庭の鬱蒼とした翳りの中に、白と赤の幽玄揃い踏み。今頃は、日高市(埼玉県)の巾着田では、一面が赤に染まった景色が見られるのだろう。小庭の球根も巾着田で買い求めてきたもの。手をかけず、自然のままにしているせいか、なかなか数は増えないけれど、こうして今季も咲いてくれ、分けられた命を受け継いでくれている。

 花自体は繊細でありながら、どことなく醸し出されるものがあって、花の周りには独特の空気感があるようにも思える。古くは忌み嫌われた花ということもあってか、近寄りがたいものも感じられる。赤の曼珠沙華は朝撮り。この風姿はやはり夕暮れの暗闇のなかで観る方が個人的には好ましい。記憶が正しければ、7回目の開花。巾着田の面影は少しばかり遠くなりつつある。

白彼岸

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higanbana200909128677.jpg 雨の合間、小庭の曼珠沙華、(別名:彼岸花)が気になって。4日前、姫檜扇水仙に埋もれるようにして、この花の蕾をみかけ、そろそろかなと待っていたところへ雨。今季もまた雨に打たれてしまったと自然に咲く厳しさと切なさと哀しさとを感じつつ。

 雨にうな垂れる姫檜扇水仙を横目に、古木の梅を背にして、雨粒を湛えながら、繊細な花びらを広げ、花は咲いていた。仄かに黄味を帯びた、その白き花。雨を哀れむこちらの想いとは裏腹に、その実、凛として咲いていた。その姿は気高くもあり、神々しくもある。

 傍らでは、赤の曼珠沙華が蕾をみせていた。曼珠沙華は花と葉とが同時に居合わせることがない。紅白揃って咲いたらとの思いも自然の前に消沈し、今季もまた昨年同様に、白のあとに赤が咲くことになりそう。