2010年4月アーカイブ

不転馬

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Clematis201004298950.jpg クレマチスという名称はこの花の仲間の総称で、花弁が6枚のものを鉄線、8枚のものを風車と呼ぶそうで。私の古い感覚では、花弁の枚数を数えるまでもなく、観た瞬間に鉄線と呼んでしまう。今更、区分けが必要とされても、俄かには致し難く。与党のやられるような仕分けでバッサリと要不要と決められてしまうのも癪に障る。本来の名を知りえたならば、自分流の呼び名で通したくなる。バッサリとやれているうちはいいけれど、あっさりと退陣されてしまうことのなきように、発した言葉の重みを感じつつ、オオゴトをまとめていただきたい。

普天間を不転馬と勝手に呼んでいるこの頃。

世界一危険。一番じゃなくてもいいと問われたのも仕分けでのことだったような。

不意

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fuji201004241504000.jpg 花期の頃には思いがけない長さにまで達している藤の一房に見惚れ、時折吹く風に任せて揺られる姿が何とも美しく。それでいて、蜂の攻撃に逃げもして。

 子供の頃、庭にある藤棚の下で遊んでいると、藤の実の弾けるたびに驚いたことを思い出した。何の前触れもなく、不意を衝かれる一瞬は慣れたことがない。花の美しさとは趣を異にする藤の思い出。

 身構えていればどうということもないことでも不意を衝かれると狼狽。そうかといって、花の下では気を許していたいのも心情。

極致

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botan201004248945.jpg 先日の暖かさで蕾を一気に大きくさせて、翌日には寒気再来で凍えているようにも見えた牡丹。少しだけ戻った暖かみの中でようやく満開に。薄衣も開き、か細い茎には大きすぎるほどの花を開き、うつむき加減に。その白さは磨ぎ澄まれた魂の叫びか。夕方にはひとひら、またひとひら、薄い花弁を閉じて。短日に賭ける命の灯。儚くも美しき完成された美の極致。花はかくあらん。

 

自民も民主もどうなることやら。

なんとはなしに見苦しい。

日常

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rose201004028874.jpg M7.1の大きな地震が中国で起こったり、アイスランドでは火山が大噴火したり。国内の首領のおぼつかなさに溜息をついたり、がっかりしたりしている間に、世界のあちらこちらでは大事が起きていた。地震の方ではチベット族が多く住む場所と見聞きし、いつぞやの騒乱を思い出し、他国の援助を受け付けないという中国の姿勢は新たな火種への布石と読めて。でもその間にも瓦礫の下に埋もれる命の灯は日増しに消えていく。また他方、火山の方は欧州の空を封鎖に追い込んでいる。天災とはいえ、足止めを余儀なくされた多くの人々。大きなことが起こると経済損失が算出されるけれど、それを聞かされてもどうすることもできない。日本では冷夏になって気温が1度下がると1500億円の損出になるとの話を聞いても、せいぜい猛暑よりはマシくらいの感覚。むしろ、あちらこちらで起こる大地震や噴火が引き金になっていよいよこの地球も末期なのかなと。まぁ、実際には情報を聞き流して、明日の天気くらいを記憶に留める程度の日常。

今度は眼科へ。表層角膜炎。

検査の合間に渡されたのは「強度近視」のリーフレット。

近視歴30年余り....。今更な読み物。

春霰

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renngyo201004068934.jpg

 雪の多い地域でさえこの時期n降雪は珍しいとのこと。市内でも降雪があったらしい今日。深夜から明け方には7度あった気温は昼には6度となり、葉桜になり始めた桜も人も凍てつく寒さに見舞われて。

 昼間、外に出てみると、雨音に混ざった霰の音。この時期にこれだけの寒さは生まれる前の1960年以来とのこと。どうりで記憶にないはず。春はほのぼのとしているのではなく、冬の寒さを貫いて生まれ出ずるもの。だからこそ、風も強く寒暖の差も激しいのかもしれない。しかしながら、穏やかな春をいつも夢見てしまうのはなぜだろう。

調和

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sakura20100409160545.jpg 今季3度目の観桜。目黒川沿いを歩く。花は野にあるようにあるべきと思いつつ暮らしている者にとっては、限りなく人工的な設えにも思えたけれど、風土に馴染んでいる。川面に伸びた自由な枝ぶりが自然の造形であり、それが人工的な造形を巧みに紛らわせていた。モノは皆、直線的であり、冷徹な感さえあるが、花や木のしなりが柔らか味を加味して、全体として温かみのある光景を生み出している。それぞれの良さを引き出し、重ねられて、調和は成り立つのであろう。

 

下枝が低く垂れているせいか、

花弁が落ちるのではなく、

花ごと落ちていた。

繚花

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sakura201004068905.jpg 花の盛りに花を愛で。これ以上の至福の時は何物にも変え難く。いたずらな風に花弁は揺られども、花の姿に一分の隙もなく。否、もしかしたら、その隙があってこそ、花の終わりを予感させ、今を愛しくさせているのかもしれず。はらはらとはらはらと、一枚、また一枚、吹く風に任せて地に落ちていく刹那の間。掌の上に降り立つ花弁の淡い色合い。無言にして圧倒するその内なる精気は、大地に根ざした生命力。春の花は力強くあり。一方で、春の人は心なしか地に足の付かない者が多いような。人の盛りはいつなんだろう。古木に咲く花の見事さを前に、人もかくあらんとどこかで望んでいる。

花霞

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sakura201004048882.jpg 花曇の空の下、花冷えの寒気の中ではあったけれども、千鳥ヶ淵には人の群れ、群れ、群れ。花時らしい光景といえなくもないが、先を急ごうにも、写真に収めようにも、思うに任せない。一瞬の隙間にようやく1,2枚。遠くには花筏。先日の春の嵐の置き土産かと思われて。人垣に紛れつつ、歩を進めてみれば、両側から伸びた低めの枝が天を覆い、花の雲のごとくに。

 所用でもなければ、この時期にこの場所へは訪れることもなかったであろうけれど、時季に時季の花を愛でられたのはよかったかもしれない。喧騒から離れて眺めると、桜の重なりは花霞となっていて、これだけ多くの人に観られていても、どことなく寂しげに見えたのは寒さのせいか。

長女、とりあえずの入学式。

観桜

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sakura201003308843.jpg

 

 春と言えば桜。ただ静かに見上げるだけで十分なお花見。宴も人の群れも要らない。見上げつつ、通り過ぎるのが、この花に対する礼儀かなと思いつつも、しばし歩を進めるのを躊躇させる誘惑の花。

 花冷えのこの頃、長く愉しませてもらうにはこの気温が相応しいのかもしれない。