小庭の百日紅はあるがままの生育で。天を仰ぎ、己の欲するに任せていると、かなりの大きさ高さになってきている。見上げ続けるには辛い状態になってきたので階上から眺めてみた。
真昼の花火。一斉に咲いて散っていくのが潔く。
小庭の梅が幾分小さめであったので、ぎりぎりまで取らずに置いたけれども小粒のまま。これ以上は待てないところまで待って漬け込み開始。しかして塩分濃度が低かったのか、例年のものとは趣が違う出来栄えに意気消沈。下がりきった気分を猛暑を伴った夏の光が朱に染め上げて。
今夏の暑さを読んで例年より塩分濃度を高くすべきだったかもしれない。パーセントで決める配分より、絶妙な塩加減が大事らしい。塩梅とはよくいったものだとしみじみ。
またひとつ年を重ね、ようやく亡母の享年に辿り着いた。あの夏の日の早朝、母が旅立った。今年の誕生日は深い感慨が伴う。あれから30年。この年で母は逝ったのかと。
時間の経過は緩やかにすべてを包み込み、冷酷なまでに客観視させる。
南アフリカ原産の花が小庭に咲いていると思うと、世界は繋がっていると思えなくもない。おりしも今年はサッカーではワールドカップの年に当たり、日本代表の応援を4年ぶりにした。
熱い情熱と暑いであろう原産地の気候を思い、色に表わせば、自ずとこの燃えるような花色。繊細にして情熱的な圧倒的な熱気を感じざるを得ない。
モントブレチアと片仮名では呼ばず、小庭で咲く以上は、あくまでも姫檜扇水仙(ひめひおうぎすいせん)と呼ぶ。
この花が咲いて、7月を知らされる。
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